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エクレクティックな日々:怒濤の日々

2003年05月23日

怒濤の日々

なんや運命に点いて考える日々やった。

もうちびっとで里帰りちう時に旦那が入院、手術となり病名自体は死ぬようなもんとちゃうかったんやけど、まあ色々思いもせんトラブルがあり、もう母子だけで生きて行かなならへんかも、、、と決心をしかけた瞬間もあったちうわけや。
ごっつう沈んや。ごっつう辛かったちうわけや。

旦那が退院して暫くして、わての敬愛する祖父が亡くなり、これも辛かったちうわけや。
あのまんま里帰り出来ていればもういっぺん曾孫を見せられはったし、死に目にも会えたし、お葬式にも祖父の最初の孫として出席出来よったはずやった。
勿論この事と、旦那の入院の事はまるっきし関係あらへん事なんやけど、祖父にもういっぺん出会えへんかった事は一生後悔するやろ。

あのまんま里帰り出来ていれば、そやけど、わてたちは例の台湾人医師と同じ日に関空にいたはずやから、ボウズがおる身としては身の凍る思いをしとったかもしれへん。

秋に多分里帰りする予定なんやけど、今回里帰りできのうて、秋に里帰りの時に、例あげたろか、たとえばやなあ飛行機が落ちるとか、そないな事もあるかもしれへん。

運命ってなんやりまひょ。

わては、運命に身を任せて、みな人生、ええようになるはへんし、とそう思うようにしたろおもて何度となくオノレにええ聞かせなければならへんかった出来事を体験してきとるんやけど、今回の事も、色々と考える事があるんやけど、そやけどやっぱり、これでええねん、わての人生はこれでええねんと、そう思いたいちうわけや。

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